
20世紀初めからプレタポルテが発展していく過程を解説します。
20世紀の初頭には産業革命の影響もあり、大量生産の幕開けをむかえました。ファッション業界もやや遅れて、1920年代にはこれまでのオートクチュール中心から徐々に既製服化への動きが強まってきました。この時代の流行が直線的なシルエット、シンプルなデザインであったことから当時の既製服の技術でも、そのスタイルを真似ることができたのが要因です。またサイズの標準化が進み、体型のカテゴライズも進んだというのも原因です。現在のS、M、Lといったサイズのことです。
これまでファッションといえばフランスのパリやロンドンが中心でした。戦後1950年代にオートクチュールは一時復活するものの、パリがファッションにおいて絶対的な中心である状況は変化していきました。戦後の大衆社会においてはごく限られた人たちだけの少量のオートクチュールではなく、大量生産が必要とされてきたのです。このような時代の流れから、世界ではイタリアやアメリカで独自のファッションが展開されるようになってきました。
戦後、大量生産の必要性が叫ばれ、どんどん既製服化への動きが加速していく中で、「プレタポルテ」という言葉が生まれました。「プレタポルテ」が出る以前も既製服が多く出回っていましたが、既製服というとは当時は大量生産され質の悪い安物であるというニュアンスを持っていたため、それらとの差別化をはかるために「プレタポルテ」という言葉が生まれ、高級既製服という意味で使われるようになりました。プレタポルテへと変化していった背景には、これまでの貴族やブルジョワ層であった人たちが高級ビジネスマンや高級キャリアウーマンへと生活スタイルが変化していったためで、実用的な服が求められ、オートクチュールの顧客は減少の一途をたどったのです。
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