
オートクチュールの誕生からデザイナーが誕生するまでを解説します。
オートクチュールが誕生し確立されると、顧客に衣装が届くまでの時間が短縮され、生産システムが効率的になりました。このことによって、より多くの顧客に対し、ウォルトの服を届けることが出来たのです。また、ウォルトは、顧客が住んでいる場所、その服を着用する場所など、顧客に関する情報を全て管理し、自分の顧客同士で同じ服を同じところで着用しないように気を配っていたといわれています。そして、1868年にはフランス・クチュール組合で現在のオートクチュール組合にあたるものが創設されました。
1870年にナポレオン3世の帝政が崩壊してから、これまでの皇室中心のファッションスタイルが崩れ、ブルジョワジーといわれる富裕層やアメリカの富豪を中心としたファッションへと移り変わりました。こうした動きの中でウォルトも一度はビジネスを閉じることになりましたが、今度は富裕層の人々に目をつけ、再びビジネスを開始します。そして帝政崩壊によりファッションの中心が移行したことが新たにファッションの道を切り開くものになったのです。
これまでのファッションは皇帝がファッション業界では絶対的な権力を持ち、その時代時代である種のトレンドや美学をつくってきました。その皇帝がいなくなったことで、絶対的なものがなくなり、ファッションデザイナーの存在が「皇室(その時代のトレンドを作っていた)の服を作る人」から「デザイナー自身がトレンドを作る人」へと変わっていったのです。
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